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「アンチの素敵な捌き方」

小学校の頃はいじめられっ子でしたが、高校生の頃からブログを書いたりmixiをしたり大きなイベントを主催したり、大人気なモデルの彼氏だったり、中の上くらいは目立っている生活を送ってきました。

半径5mにしか関係の無い記事を書いても○万pv、適当に生きてるだけでたまに街で声をかけていただく、自撮りをのせれば少しは褒められる。少し気分のいい生活を送っていました。ですが、少し目立っていると、「マジか」ってくらいディスられることがあります。

いじめられっ子でしたので、深く傷つくこともありませんでしたが具体例も含め心の持ち方や、なんなり書いていきます。

 


まず、一番多く寄せられる悪口が「死ね」です。ストレートな言葉ですが、書いてる側もそれ程強く思っていないからか、リアリテイが薄くそれ程流すことも辛くありません。こんなに尖った言葉を軽く流せてしまうのも、少し考えると怖いことですね。「キモい」や「消えろ」、「殺す」もこれと同類です。

 


次に、簡単な言葉のわりに傷つくのが、「黙れよ、ブス」です。平易な悪口ですが、容姿に関する言葉は、いとも簡単に人の気分を上下させます。自分の容姿を表に出していない人からの悪口であれば、軽く受け流すことも出来ますが、イケメンや美人に言われた日には小一時間立ち直れません。

あなたの推しの芸能人の方も、沢山の好意的な言葉を受け取りながら、インターネットなどで、時に好意的な言葉の数以上に容姿に関して辛辣な言葉をあびていることがあるかもしれません。一般的に、「ディスり」というのは知名度が大きくなるに比例して現れます。あなたが推している彼ら彼女らが有名であればあるほど、大きく大量の「ディスり」を受け、それを抱えるにしろ受け流すにしろ、“あなたの為に”笑顔で表に出ています。彼らのその姿勢には大きな尊敬の念を抱かざるを得ません。

 


そして、最も傷つく言葉は「自分の周りの人間をも絡めた悪口」に他なりません。「○○はブスだし発言もキモい、○○の親は何思ってんだろうなWWWWW」「○○を産んだ親キモすぎ」「○○の友人って可哀想だなWWW」などなど、自分のことであれば意識の外に出せる言葉も、周りの人間を絡められると強く意識してしまいがちです。しかし、こんな悲しい時こそ、周りの人間の暖かさに救われます。「大丈夫、気にしてないよ、あなたはあなたでいてね」なんて暖かい言葉をいただき、また表に立ち前を向き逆風を受けましょう。あなたの周りにいてくれる人は、とても大きな追い風を与えてくれます。

 


「ディスり」というものの多くは、論理的な考えに基づいたモノでもなければ、責任を伴った発言ではありません。そのような"雑な"言葉を正面から受け止めても、何かが前進することは決してありません。

 

ですが、極めて稀に、自分で気付けていない自らの過ちを指摘してくださる「意見」をぶつけていただける事があります。これは決して気にも止めずに意識の外へ追いやっていい言葉ではありません。あなたの周りにいる人は、あなたへの好意故に、あなたの悪さに気づいていなかったり、または伝える事を怠ったりもします。自分では気づかず、また周りの人間も同じように、気づいていなかったり伝えてくれないことでも、フラットな立場にある人が「良質な意見」として「ディスり」を与えることがあります。その様な幸せな事が起きた場合は、決して逃げずに、直視し、考え、可能であればその方と対話すべきです。

 


僕は、物事を考え始め、それを表に出していると、頭の中で思考がさらに進み、思考が自分を超えて何を表したかったのかが分からなくなることが多々あり、良くねーなこれと思っているのですが、そうなってしまったのでタイトルとは少し逸れた中身になってしまいました。

 

なにも、「ディスり」は有名な人にだけ訪れるモノではありません。小学校の4年3組の日常ですら平気で発生する現象です。きっとあなたも言葉の重さの大小はありますが、「ディスられた」覚えがあることでしょう。なんにしろ、アンチの言葉は流しましょう。意識の中に居続ける「ディスり」は信頼できる仲間に共有し、和らげましょう。「ディスり」の中に混ざる「意見」は真摯に受け止め、考え、必要であれば改善しましょう。自分の世界の外側との上手な関わり方が、意外とあなたの幸せにも関わってくるのではないかなーと思います。