G1カレッジ、自己紹介

第3回G1カレッジ

というのに参加します。

 

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こういうの。

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登壇者の方々も豪華です。

で、こんな感じらしい。

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こんな感じの奴に、でます。

くぼなおに誘われました。

祝日使ってよかったって思う経験にしたい。

 

 

そう、で、そこのfbページで自己紹介したんだけど、最近の思うこととか色々も書いたから貼っておきます。以下

 

 

國學院大學二年 大橋桃太郎です。
辛いので春に退学します。
事業構想大学院大学に入学予定です。

人生で退学は二度目です。
高校二年生の時に、
日本大学第二高等学校を中退しました。
クラスに馴染めませんでした。

高校を辞める前後から
金髪にピアス17個とチャラチャラしていました。

高校三年生(18歳)の時に、
"Up to you."という高校生イベント団体を
立ち上げました。

なんだかんだで史上最年少で
Zepp DiverCityという大きなとこを借りて
2,000人くらい動員しました。

G1には運営のくぼなおに誘われました。
楽しみにしてます。
人見知りなので
Twitterで絡んでくれると嬉しいです。

@momotarabitch

藤田ニコルと交際していたことがあって、
そのファンが沢山フォロワーにいます。
が、無意味なリーチしか出せません。

今はネクスター株式会社という、ところで
Vice Presidentをしています。広告屋です。
媒体を通した広告ではなく、
コミュニケーションデザイン等を軸に
リアルなシーンでのプロモーションをしてます。

【幸せを感じる瞬間】
・お酒を飲んでるとき
・彼女といるとき
・本を読んでいるとき
・映画を観ているとき
・フェスに参加しているとき

【将来のビジョン】
両親とも医者で、金銭的な不自由は無く過ごしてきました。そんな感じで生まれ等その辺の環境って"運"の世界だと思います。つまり、努力等が反映されない世界ですね。そんな部分もあって当然だと思いますし、その恩恵を受けてきたので敵意はありません。ただ、その"運"に悪影響を受けてる人達も大勢います。なんだか、そこに不快感を覚えています。ので、この"運"に抗えるスキームを作りたいなと思っています。奨学金とかありますけど、不十分な点も沢山ありますよね。

以上です。
宜しくお願い致します。

me

人は生物学的に(知らないけど)言えば、

自分の体のライン以内の全てで構成されてる。

 

けど、現実問題そうじゃない。

 

好きな音楽や誰かからの愛情、自分が好む状況全て、自分をとりまく全てで成り立っている。

であるならば、自分が美しく生きる為に、とりまく全て、状況全ては自分で作らないとハッピーじゃない。

 

まして、自分が好んで周りに存在させているものを奪うなんて他人に許すべき行為じゃない。

 

自分が自分であるために、自分を中心に自分を生きるべきだ。

スタートライン

 

段々と夏を肌で感じるようになってきたこの頃。

海やお祭り、花火大会にあの子と行きたい季節。

あの子の笑顔を見てるだけで幸せなそんな季節。

 

普段あまり責任の伴わない発言が好きではなく、

自分の先のこととか、目標、夢とか、

"WHAT"だけで"HOW"無しに話すことが嫌いで滅多に話さない。

 

けど、少し整理する機会があったから文章に起こしてみる。

 

 

 

たった20年間生きてきた、僕の目標は、"スタートラインの整備をすること"

医師の良心の元に生まれ、経済的には何不自由ない生活(他には色々あったけど)を送ってきた僕には、

それはそれは整ったスタートラインが引かれていたことだろう。

 

人の幸せや不幸は、比較できるものではないが、そんな美しい直線が用意されてる一方で

生まれながらにして理不尽な不平等を抱え、スタートラインに立つことが難しい人が多くいる。

 

ここでいう理不尽な不平等とは、先天性のものではなく、周囲の環境によるもののことを指す。

例えてあげるとすれば、児童虐待や貧困である。(例えというか、今の僕にはこの二つでいっぱいいっぱいだ)

 

 

 

児童虐待の相談件数は、児童虐待防止法成立前の1999年から比べ、

2014年時点で7.6倍の88,931件まで増えている。

これはあくまでも相談件数であり、実態はこの何倍以上もあるのではと考えられている。

 

虐待を受けた児童は、人格形成における大切な時期に、精神に大きな傷を負うことがある。

この傷を必死に癒そうと尽力する里親の方などの努力もあるが、残念ながら改善されないケースも少なくない。

そうした傷を持つ児童達は、成長し、社会に出るまでの過程で、

自分を見つめ"自分とは"を考えること、夢や目標を持つことが難しいと聞く。

 

児童虐待については、黒川祥子さんが書かれた"誕生日を知らない女の子"という本を読むと

脳裏に強烈に刻まれるほどの繊細な描写で描かれているので、一度読んで見ることをお勧めする。

きっと、僕も知らなかった、あなたの知らない闇と立ち向かっていく姿がそこにはある。

 

 

 

また次に、貧困が周囲の環境による理不尽な不平等である、と考えている。

統計的に親の収入が高ければ高いほど、学力で優秀な成績を修めるという結果も話題にあがったが、

経済力というのは教育に少なからず影響をもたらすと考えられている。

(親御さんの考える力が強く、その結果経済力が高く、子供のことを考え良い教育を~ といった細かいことは置いておく)

(もちろん収入に関わらず優秀な成績を修める方もいらっしゃること)

 

先進国の中でとりわけ日本が注目(悪い意味で)されている点で、

"奨学金制度が万全ではない"ということが挙げられる。

経済的に弱く、満足のいく教育が受けられない、大学進学を諦める、そんな若者が多く存在している。

学ぶことによる可能性の広がりを知れず、学びを諦める若者も多い。

 

また大学進学を達成したとしても、

利子がある、返済が必要な奨学金は、

若者に"夢を追うこと" "自分の可能性と向かい合うこと"に恐れを感じさせ、

"返さなければいけない"という現実に強制的に焦点を当てさせる。

 

 

 

僕はまだまだ勉強不足だが、それでも20年生きてきた中でこんな二つのことを、

"理不尽な不平等"であると感じた。

きっと世の中にはもっとゴロゴロ転がっているんだろう。

 

自分に責任のない、周りの環境が半ば強制的に自分を虐げてくる、

これによって自分の可能性が失われる。

 

 

 

こうした"理不尽な不平等"を未然に防ぐことは難しい、そもそも理不尽だし。

しかしその後の展開を整備する、"スタートラインの整備"であれば可能なのではないか、

 

これが、今の僕が持つ、先を考えたときに持つ目標である。

 

抽象的ではあるが、こうなっていけば、こうしていけばいいのではないかと考えていることがいくつかある。

それはドミノ倒しの様なものだ。

 

 

 

民間企業として、無利子かつ返済スケジュールの緩い(もしくは返済不要)の奨学金制度を用意する。

またさらに、特別な条件を満たす者のみではなく、一定の条件はあるが希望する者全員に適用するものである。

 

スタートラインがぐちゃぐちゃなんだ、特別な条件を満たすための努力をすることすら非常に厳しい。

 

恐らく有意義に奨学金を利用しない、愚かな人もいることだろう。

しかし中には、1%なのか0.1%、はたまたそれ以下かもしれないが、

自分の才能を見つけ、社会に大きな価値をもたらし、お金を稼ぎ、それを税金として国に納める者がいるだろう。

 

やや誇大にはなるかもしれないが、万の凡人より、一の非凡の方が、社会に大きな価値をもたらす。

この一の非凡をより多く見つけ出すために、この奨学金制度を設置する。

 

 

 

民間から始まったこのシステムで国が豊かになる。

すると日本をモデルとして、他先進国の政府がこの奨学金システムを取り入れる。

金が巡り、新たな価値を提供できる人間を見つけ出し、さらにそこで生まれた金が巡る。

 

日本、先進国と起きたこのスパイラルは、やがて発展途上国へと進んでいき、世界中を包む。

 

するとそこには、"理不尽な不平等"を防ぐことは出来ないにしても、

スタートラインが整備されている世の中が、あるのではないかと思う。

 

民間企業から始まる小さな(大きな)エネルギーの動きが、

次第に金を、価値を生み、だんだんと大きなエネルギーに変わっていく。

まるでドミノ倒しのように大きな大きな動きになっていく。

 

 

 

そもそも僕は格差がなくなりますようにとか、そんな事は考えていない。

才能や努力、またはその両方によってできた差、格差なら無くなってはならないとも思う。

 

しかし、努力する、というより努力できる機会は平等であるべきだと思っている。

 

 

 

過去の記事でも書いたけど、僕はいま、大学に通いながら広告代理店で事業部の統括とプランナーをしている。

"なんでこれ流行ってるんだろう?" "この広告は何を誰に伝えたいんだろう"

そんなことを考えて正解を探すのが好きだった僕には最高の環境だ。

 

しかし、めっちゃ激務である。

毎日時間を切り詰めている。

 

集中するための一人暮らしもやたら金がかかるし、下水道代とかいう使ってる気もないお金を取られる。

 

給料で暮らすには到底きつい。

 

そんな僕に、母は仕送りを送ってくれている。

この仕送りが僕に余裕を与え、今しか経験できないこと、今経験するからより価値があること

に集中させてくれている。

 

お陰で僕は自分の好きなことに、全力で向き合うことができている。

これって本来の奨学金のありかたなんじゃないかなって思った。

 

 

 

追伸

 

知識も浅いぺーぺーなので、間違った情報や、何言ってんだこいつ要素

がふんだんに含まれている可能性があります。

ただ僕なりに一生懸命考えたりしてることなので、

正しい情報や、世界の動き、実践している企業や国など、ありましたら是非お聞かせ願いたいです。

 

また、人見知りなので余り話すのは得意ではありませんが、もしご興味を持っていただけたなら、

是非あなたとお話がしたいと思っています。

 

Twitterなどでもバンバン個人情報を漏らしているので、コンタクトいただけますと幸いです。

 

あと最後、読むといい本をお勧めして頂くことも非常に有難いです。

 

 

 

 

暑い夏、人生一度きりの二十歳の夏、皆さんも良い夏をお過ごし!

 

15/16

2015年最後の日をいかがお過ごしでしょうか。
僕は友人たちと、CountDownJapan15/16という年越しフェスに行きます。
数万人の観客と熱狂しながら年を越す、あの場所が好きです。

さて、長いようで短いような2015年が終わろうとしています。
楽しかった事や辛かった事、素敵な出会いや悲しい別れなど、
あなたの周りでも多くの出来事があったかと思います。

僕にとっての2015年は、環境が大きく変わり、
新しい価値観に触れ、自分が大きく変化した年だったと思います。

責任ある立場に就き働く事は様々な感覚を身につけさせてくれました。

僕の働くネクスター株式会社は、
2016年から、大きな目標に向けて更に加速していきます。
年始から、僕がリーダーを務めるソリューショングループの
学生社員の採用を再開します。
詳しい事はまた今度という事で、僕とネクスターと、働きたい人をお待ちしています。
ご興味のある方は是非。

書きたい事が多すぎるので、好きな引用文でまとめようと思います。
あなたに向けて、自分に向けて。


これはあなたの人生だ。
好きなことをやれ、好きなだけ。
何か嫌いなことがあるなら、変えろ。
仕事が嫌いなら、辞めろ。
時間が足りなければ、テレビを観るな。
人生かけて愛するものを見つけたければ、立ち止まれ。
あなたが好きなことを始めようとしているとき彼らは待っていてくれる。
考えすぎるな、人生は単純だ。
あらゆる感情は美しい。
食べるときは、しっかり味わえ、一噛み毎に。
心を、両手を、感情を開け、初めての物事と人々に、
私たちはその違いによって一つになれる。
隣にいる人が情熱を注ぐものを尋ね、そして閃いた夢を彼らと共有しろ。
旅をしろ、何度でも。道に迷うたびに新しい自分が見つかるだろう。
一度きりしか来ないチャンスもある、必ず掴め。
およそ人生とは、あなたが会った人、そして彼らと作り上げたもののことだ。
だから外に出て、何かを作り始めよう。
人生は短い。
夢に生き、いつも情熱を忘れるな。


それでは、皆様、本年はひとかたならぬご愛顧にあずかり、ありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。よい年をお迎えください。

2016年も、ひたむきに走っていこう、一歩ずつ、大きく、速く。


2015.12.31
大橋桃太郎

雑魚の闘い方

もう12月に入って、今年もあと20日と少し、大学生になり、ネクスターで働き初め、社会に片足くらい踏み込むことが出来た素敵な2015年が終わろうとしています。

 

悲しい別れや素敵な出逢い、数多の失敗や、大きな成功、損得なんてつけられませんが素敵な一年だったと思います。

 

そんな2015年を振り返ってみても、つくづく自分はスタートが弱いなあと思います。生きてきた1996年からどの年を振り返っても、スタートの弱さだけは否定できません。

 

分かりやすく例えると、僕の趣味であるダーツ。やり始めた高校二年生の頃はスタッツ(平均スコア)40代のド初心者でした。二ヶ月くらいやっても、増えるのは注ぎ込んだお金だけでスコアは変わりません。

同じ時期に始めた友人たちは、あっという間に上手くなっていき、そこそこ上手な人たちになってました。

 

でも今は友人たちの間なら、最高スタッツ127.80(三回投げて二回以上真ん中にささるくらい)と一番上手いです。(多分)

 

ここに隠れてるのは、僕は、雑魚の闘い方と読んでいます。

 

何事においても"センス"の乏しい僕は、ひたすら正しいフォームを自分の体に定着させることだけを考え、それだけを繰り返し、気がつけば無意識だろうと真ん中に入って当たり前、真ん中じゃなきゃイライラする中上級くらいに入れました。


話を変えましょう、僕がソリューショングループ(なんでもやる部署)のグループリーダーを勤めているネクスター株式会社は、広告とITの二本柱の会社で、僕は主に広告代理業に携わっています。

五月から勤務が決まり、高校生No. 1イベント団体を創設した僕は、自信と希望に満ち溢れ入社を心待ちにしていました。

待ちに待った入社日、簡単な説明を受け、次の出勤からは早速業務に携わります。まず一番最初の仕事は某お菓子メーカー用に広告の提案企画書を作成すること。

知識も技術も無い自分がヒーヒー言いながら企画書を作成し、提出したモノは当然の様にボツ。来る日も来る日もその企画書を書き直し、やっとこさ一回の出勤で一枚の企画書が書ける様になったころの話です。僕の隣の席で、僕に教育をしてくださった社員の方は、同じ出勤時間にざっと10倍程の仕事をこなしていました。

 

「スゲえな、これが社会人か」

 

と素直に感動してしまった事を覚えています。

提示された期限ギリギリにモノを提示し、修正指示を受け、提示し、修正指示を受け、その繰り返しでした。しかし、よくよく観察してみると修正指示を受ける場所は決まって似た様なところばかり、"正しいモノは何か"を観察し、そこに注力し作業を続けていると段々と修正指示を受ける回数は減り、時には一発でokが出る様にもなりました。

 

話は遡り、2013年から2014年の頃の僕。
元々いじめられっ子で人前に出る自信なんかないし、人をまとめられる様な素質なんか1ミリも持ち合わせていない。でも面白い事はしたいし、美味しい思いをしたい僕は、万年副○○キャラでした。

 

しかし自分の口から「イベントやんね?」と友人に声をかけ、Up to you.を作った僕に与えられたポジションは、最も苦手な「代表」というポジション。

スタッフをまとめることも、怒ることも、人を動かす技能も無い僕は名実共に「代表失格」でした。

ですが、「2015年の3月末に、めっちゃ面白いことを、結構おっきなとこでやって、エンディングの時には泣いたりしちゃいたい」という思いは強くなるばかり。曖昧な目標にすらスタッフみんなを連れて行く事が出来そうにない自分に苛立ちを覚え、センスの無さを恨みました。

 

ですが、闘い方始めた以上、求められる結果は、求めたい結果は成功や勝利のみです。

一度自分のセンスの無さを恨んでからは、本を読み漁り、知識や技術を学び身につけ、他の様々な団体を率いてきた先輩たちの姿を観察し、彼らの"感覚(センス)"を盗むことに時間を割き続けました。


「具体的な本質目標を定め、その目的地に向け逆算からチェックポイントを作り、チェックポイントをクリアするためのPDCAを回す。」

 

"基本"の"k"みたいな事をひたすら繰り返しました。あの頃の悔しさや惨めさのお陰で、今では意識せずとも人の集団のオペレーションがある程度は出来る様になりました。

 

出会って時間の浅い方々には、「人を惹きつける能力がある」とか「素晴らしい才能だね」なんて褒められて「いやいや、そんな(笑)」なんて苦笑いをしてますが、本心はその言葉どうりです。「は?才能じゃないよ、何にも出来なかったから考え抜いた末に掴んだだけだ」って感じです。


センスの乏しい雑魚にだって出来ることは、出し抜く術はあります。必要な要素を出し、学び盗み身につけ、考え抜いてその一つ一つを組み合わせ、動いて、結果を振り返って改善点をだして、また動いて……のエンドレスループです。


きっと誰だって、出来なくたって、やりたい事をやろうとするなら、しっかりやりゃ、大抵の事は出来る様になるから、諦めないのが大事です。諦めた先には、つまらない、面白く無い何かが待ってます。そんな時あなたは「自分にはセンスがないから」って嘆くんです、自分が諦めただけのクセに。


一つ、何かやり遂げないといけない際に、一つ一つの工程を明確にして円滑に進めやすくする為の考え方の分かりやすい僕が考えた例えをご紹介します。(個人的にお気に入りです)


学生のあなたは、朝8:40に学校につかなければいけません。受けたくもない化学の授業に出席する為です。

とすると、あなたの学校は駅から15分も歩く最悪な立地なので、学校の最寄駅には8:20には着いていたいですね。

あなたは学校から少し離れたとこに住んでいるので通学時間を40分ほどかけながら、満員電車に揺られ毎日通っています。

だと、あなたの家の最寄駅で電車に乗るのは7:40位でしょうか。

家から、最寄りの駅までは徒歩10分ほどなので、7:30には家を出ましょう。

ですがあなたは寝起きが不得意なこともあって、家を出る準備をするのに1時間はかかってしまいます。

とすると、6:00〜6:30の間に10分置きに携帯のアラームをセットしましょう。

 

なんて事を、きっと皆さん学校が無い素敵な日曜日以外は、無意識にしてるのではないでしょうか。

これが物事を円滑に進める為の基本のスケジュールの立て方です。

最終的な目標(8:40に学校に着く)に向かって、一つ一つのチェックポイントと期限を定め、ゴールからスタート地点までの逆算をする。この基本的なスケジューリングを最初に行うだけで、少し驚くくらいスムーズに進みやすくなるので、なんかあったら試して見てください。

 

スケジュールからずれた時は、適時逆算をし直してスケジュールし直しましょう。

 

僕はついこの間からスプラトゥーンを始めたのですが、ランク48の彼女をボコボコにするため、今日も朝まで考えながらスプラトゥーンをします、いつの日か、「参りました」と言わせるために。

「人生は糞だ」

先日のブログがそれなりにアクセスが伸びてハッピーです、ありがとうございました。
 
最近は、しばらく続いた風邪も治り、ダウナーなシーズンが終わりかけています。
 
シーズンのおかげで数キロほど痩せて、イケメンへの入り口も見えかけたけど、案の定見えなくなりました。
 
 
 
「病は気から」とも言いますが、随分と体調不良のせいで病み、色々なことを考えた末に、
 
「人生は糞だな」と思いました。
 
理由もなく(?)いじめられ、不登校にもなったし人格もねじ曲がったし、初期にコケると、人生は糞だー。と。
 
 
 
なんで糞かなーと、
 
タクシーに携帯は忘れるし、
 
領収書は貰い忘れるし、
 
携帯は見つからないし、
 
好きな人とはずっと一緒にはいられません。
 
 
 
あなたがどんなに真面目で、節約家で、努力家であろうとも、
 
「運」という「たまたま」に叩き潰される時があります。
 
何週間も前から気合をいれていたデート、早起きしてメイクもばっちりなのに、
 
埼京線が止まる日曜日、人生はホントに「糞」です。
 
珍しく早起きして一限に間に合いそうな水曜日、
 
教室に着いたら休講だった!「人生は糞」です。
 
 
 
愛する人がいても、「タイミング≒時の運」が悪ければ、一緒にはいられないこともあります。
 
シンプルでストレートな事なのに、なんでこうも複雑なんだろう、って事が良くあるね。
 
まだ19年しか生きていないけど、世の中は不条理ばかりだなと思います。
 
 
どんなに頑張ったって、自分の届かないところでソレが滅茶苦茶に壊される。
 
どうにも出来ないし、どうにも出来なかった自分を責められないし、誰も責められないし、
 
頭の中は「なんで?」の「?」で埋め尽くされます。
 
 
 
けど、
 
予測不能な最悪な出来事なんて、「たまたま」誰にでも起きることで、
 
そんな「たまたま」に自分を滅茶苦茶にされちゃ嫌です。
 
だから、「今日を最高の1日にしよう」。運を、「たまたま」を叩き潰そう。
 
逆算をして性格に迅速に動いていれば「たまたま」も隠れます(だいたい)。
 
 
それでも、
 
予測しきれない事が起きて、グチャグチャになったら、
 
一度、綺麗に「0」にしてまた一つ一つ組み立てていくのも素敵なことだと思います。
 
 
 
 
 
いつだって思い立って構成も考えずバーと書くからオチはないしこれで終わりです。
最近一週間に一度しか大学にいっていないから本当にヤバイ。
スロットも負け続きだし、「たまたま」に殺されかけてる。
 
秋冬の明け方の空気感が超好きだから最近は早起きです。

「アンチの素敵な捌き方」

小学校の頃はいじめられっ子でしたが、高校生の頃からブログを書いたりmixiをしたり大きなイベントを主催したり、大人気なモデルの彼氏だったり、中の上くらいは目立っている生活を送ってきました。

半径5mにしか関係の無い記事を書いても○万pv、適当に生きてるだけでたまに街で声をかけていただく、自撮りをのせれば少しは褒められる。少し気分のいい生活を送っていました。ですが、少し目立っていると、「マジか」ってくらいディスられることがあります。

いじめられっ子でしたので、深く傷つくこともありませんでしたが具体例も含め心の持ち方や、なんなり書いていきます。

 


まず、一番多く寄せられる悪口が「死ね」です。ストレートな言葉ですが、書いてる側もそれ程強く思っていないからか、リアリテイが薄くそれ程流すことも辛くありません。こんなに尖った言葉を軽く流せてしまうのも、少し考えると怖いことですね。「キモい」や「消えろ」、「殺す」もこれと同類です。

 


次に、簡単な言葉のわりに傷つくのが、「黙れよ、ブス」です。平易な悪口ですが、容姿に関する言葉は、いとも簡単に人の気分を上下させます。自分の容姿を表に出していない人からの悪口であれば、軽く受け流すことも出来ますが、イケメンや美人に言われた日には小一時間立ち直れません。

あなたの推しの芸能人の方も、沢山の好意的な言葉を受け取りながら、インターネットなどで、時に好意的な言葉の数以上に容姿に関して辛辣な言葉をあびていることがあるかもしれません。一般的に、「ディスり」というのは知名度が大きくなるに比例して現れます。あなたが推している彼ら彼女らが有名であればあるほど、大きく大量の「ディスり」を受け、それを抱えるにしろ受け流すにしろ、“あなたの為に”笑顔で表に出ています。彼らのその姿勢には大きな尊敬の念を抱かざるを得ません。

 


そして、最も傷つく言葉は「自分の周りの人間をも絡めた悪口」に他なりません。「○○はブスだし発言もキモい、○○の親は何思ってんだろうなWWWWW」「○○を産んだ親キモすぎ」「○○の友人って可哀想だなWWW」などなど、自分のことであれば意識の外に出せる言葉も、周りの人間を絡められると強く意識してしまいがちです。しかし、こんな悲しい時こそ、周りの人間の暖かさに救われます。「大丈夫、気にしてないよ、あなたはあなたでいてね」なんて暖かい言葉をいただき、また表に立ち前を向き逆風を受けましょう。あなたの周りにいてくれる人は、とても大きな追い風を与えてくれます。

 


「ディスり」というものの多くは、論理的な考えに基づいたモノでもなければ、責任を伴った発言ではありません。そのような"雑な"言葉を正面から受け止めても、何かが前進することは決してありません。

 

ですが、極めて稀に、自分で気付けていない自らの過ちを指摘してくださる「意見」をぶつけていただける事があります。これは決して気にも止めずに意識の外へ追いやっていい言葉ではありません。あなたの周りにいる人は、あなたへの好意故に、あなたの悪さに気づいていなかったり、または伝える事を怠ったりもします。自分では気づかず、また周りの人間も同じように、気づいていなかったり伝えてくれないことでも、フラットな立場にある人が「良質な意見」として「ディスり」を与えることがあります。その様な幸せな事が起きた場合は、決して逃げずに、直視し、考え、可能であればその方と対話すべきです。

 


僕は、物事を考え始め、それを表に出していると、頭の中で思考がさらに進み、思考が自分を超えて何を表したかったのかが分からなくなることが多々あり、良くねーなこれと思っているのですが、そうなってしまったのでタイトルとは少し逸れた中身になってしまいました。

 

なにも、「ディスり」は有名な人にだけ訪れるモノではありません。小学校の4年3組の日常ですら平気で発生する現象です。きっとあなたも言葉の重さの大小はありますが、「ディスられた」覚えがあることでしょう。なんにしろ、アンチの言葉は流しましょう。意識の中に居続ける「ディスり」は信頼できる仲間に共有し、和らげましょう。「ディスり」の中に混ざる「意見」は真摯に受け止め、考え、必要であれば改善しましょう。自分の世界の外側との上手な関わり方が、意外とあなたの幸せにも関わってくるのではないかなーと思います。